宿題はきちんとやっている。
ノートも埋まっているし、提出もしている。親から見ても、決してさぼっているわけではない。
ところが、テストになると点が取れない。前にやったはずの問題をまた間違える。少し形を変えて聞かれると、手が止まってしまう。
こういうことは、実は少なくありません。
原因は、宿題をやっていないことではありません。
むしろ、宿題を「終わらせること」が目的になってしまっているところにあります。
塾の宿題は量があります。次の授業までにやらなければならない。だから、子どもはどうしてもページを進めることを優先します。解いて、丸つけをして、間違えたところを赤で直して、それで完了。
しかし、それで本当に力がついたかどうかは、別の話です。
勉強で大事なのは、「やったかどうか」ではなく、「次に同じような問題が出たときに自分でできるか」です。
たとえば算数で、解説を読めばその場ではわかったように感じます。けれども、白紙の状態からもう一度式を立てられるか。条件を整理できるか。図を書けるか。最後まで自分の手で答えにたどり着けるか。
ここまで確認しないと、本当にできるようになったとは言えません。
国語でも同じです。答えを赤で写して終わるだけでは、次の文章ではまた迷います。本文のどこを根拠にしたのか、なぜその答えになるのかを自分で説明できるかどうか。そこが読解力として残っているかを見る必要があります。
理科や社会も、単に正解を覚えるだけでは足りません。少し聞かれ方が変わっても使える知識になっているかどうかが大事です。
つまり、宿題をきちんとやっているのに力がついていない場合、問題は量ではなく、宿題の後に何が残っているか、ということなのです。
保護者が確認するなら、全部を細かく見る必要はありません。一問だけで十分です。
「この問題、もう一度解ける?」
「どこで間違えたの?」
「次に同じ問題が出たら、何に気をつける?」
この問いに、子どもが自分の言葉で答えられるかどうかを見るのです。
「わかった」と言っていても、説明できない。解き直してみると、また途中で止まる。そういう場合は、宿題は終わっていても、まだ力にはなっていません。
まじめな子ほど、この落とし穴にはまりやすいところがあります。
言われたことをきちんとやる。期限までに終わらせようとする。だから本人は努力しているのです。
しかし、全部を終わらせることに追われて、間違えた問題を考え直す時間がなくなる。自分の頭で組み立て直す時間がない。これでは、量をこなしている割に点数につながりません。
テストで点が取れないと、さらに宿題を増やそう、個別指導を増やそう、と考えがちです。
しかし、その前に、今やっている宿題の使い方を見直すことです。
できる問題を何度も機械的にやるより、間違えた問題を一問でも自分の力で解き直す方が、ずっと効果があります。
宿題は「終わらせるもの」ではありません。
できるようにするための材料です。
だから、ノートが埋まっているかだけを見て安心しないことです。丸がついているか、赤で直してあるかだけでは、本当に身についたかはわかりません。
大事なのは、本人の頭の中に解き方が残っているかどうかです。
宿題はやっているのに力がついていないと感じたら、まず量を増やすのではなく、宿題の後に一問だけ解き直す時間を作ってみる。
それだけでも、勉強の質は大きく変わります。
努力が足りないのではありません。
努力が得点につながる形になっていないだけです。
宿題を「こなす勉強」から「できるようにする勉強」へ変えること。
そこから、少しずつ結果は変わっていきます。